広島古民家再生物語

其の十七 植野の家

植野の家 1時間ほど車を走らせ民家に着いた。
民家は田んぼの中に一軒建っていた。
車から降り民家を眺めた。
私の体に再生する意欲を感じた。
植野の家 民家を近くで見た。 築約80年くらいに見えた。 既に頭で構想が始まっていた。
しかし、ここにもう一つの建物が出来るとは想いもしていなかった。
植野の家 民家の正面にまわり玄関を見る。
昔改修した跡がいくつか見受けられた。
次々と構想するのは良いが、はたしてこの家の主と構想が合うかどうか今は解らない。
お邪魔して中を見せてもらう。
植野の家 玄関から中を見る。
中央に廊下があり、左右にいくつかの部屋がある。
奥に見えるのが納戸であろう。
生活内容を右と左に区切った造りで、古い家によく見られる。
植野の家 お邪魔して廊下を歩く。
納戸の手前で振り返り玄関を見る。 不思議なことでもないが、何十年も使ってきた廊下はとても暗くて狭い。
植野の家 廊下から和室を眺める。
和室はごく普通に8帖と8帖の続き間になっている。
その向こう側には広縁があり庭が見える。
この家で一番景色の良い場所だ。
毎日見ないのも勿体無い。
植野の家 初めて訪れたのがまだ寒い季節だった。
もうセミの鳴く季節。
やっと解体が始まった。 改築され長年使われた台所、天井と壁を剥す。 この家が本来あるべき姿を取り戻して行く。
植野の家 天井、壁、床は全て無くなり柱だけが現れ解体が終わる。
解体と言う言葉も難しい。 「バラバラに壊し捨ててしまう」ではなく。
この家は解体があるからこそ甦る事が出来る。 第二の家生が始まると喜びの声が聞こえる。
植野の家 古い土はスキ取られ高さを調整しながら基礎の下地を作る。
土の上に置かれた石、その上に柱が立っていた。
のちにこの石は無くなり、基礎へと変わる。 この家を知り尽くして始めて出来る技だ。
植野の家 基礎の下地はまだ続いた。
よく考えるとこの家の周りは、全て田んぼになっていた。 床下に湿気が上がらないようにシートを敷きつめる。 そしてその上に鉄筋を網状に組む。 コンクリート(ここより生コンと言う)を流せばこの下地は見えなくなるが、気は抜けない作業だ。
支度が出来た状態で生コンが来るのを待つ。
植野の家 生コンが到着した。
シートと鉄筋の上を1輪車では生コンは運べないためポンプ車を頼む。 配管の中を生コンは走り鉄筋を覆いつくす。 ここまでは機械の仕事、しかしここから先はどうしても人間の手を必要とする。
鍬でかき均し、狭いところは鏝で隙間無く押し込み均す。    
家のレベルと傾きを直すと、新しい桧の柱を立て弓のように曲がった地松の梁で数箇所補強をする。
この作業も日本古来の木造を知りつくし、再生をやりなれた大工しか出来ない技だ。

 

曲がった梁でしっかりと補強されると、柱の間に割った竹で小舞を組み始める。
現場で左官と呼ばれる者はたくさんいるが、小舞を組める左官を探すのも難しくなった。
これが本当の左官が出来る技と言える。

 

小舞を組み終えると、練った土を小舞に塗り付ける。
鍬で土をすくい鏝板に乗せると一気に小舞へと押し付ける。
土は小舞の隙間に食い付いて行く。
今日本の家に求めるのは、この土壁の家だと思う。

 

新しく作られた土間の上に水道配管と電気配線が終る。
これで床を張る準備が出来た。
この後断熱材を敷き床を張り始める。

 

部屋ごとに次々と床材張る。
最近の家は、素材よりも色に拘った合板のフローリングを張るのが多い。
しかし私は、地松の梁と檜の柱を使って再生する民家のために、当然のように無垢の床材を拘って張る。
そうしてやると古民家も喜ぶと言うのも。

 

床を張り終え、魅力的な古い梁を全て現しにした天井も仕上がり、新しい間取の部屋が一つ一つ形になってきた。
私の記憶では、30年くらい前に工事をしていた古民家は古い柱や梁は全て隠してしまえと言う内装が主流になっていた。
新建材にあこがれた時代の始まりだったのかと今になって思う。

 

いよいよ階段を掛け始める。

いつもは、階段室と言う場所にスッポリとはまりあまり姿を見せないが、今回の階段はホールの真ん中に堂々と姿を現すと言う隠しょうのない階段である。
大工さんに寸法を測り加工を頼む。

 

加工が終わり階段の親板戸と言うものを一番に掛ける。
普通の階段ではないことが人目で解るはすだ。
今では階段の寸法を測り加工をして取り付ける大工さんも少なくなって来たのは間違いない。

 

重圧感のある、さらし階段の出来上がった。
一見段に板を置いただけのように見えるが、どこからでも見えごまかしのきかない階段と言える。
全景は、完成時にご覧頂く。

 

内部の造作も粗方終り、木部に独自の配合をした柿渋を塗る。
この柿渋は塗り方を間違えると美しくない。
たまに建物や建具に塗ったと話を聞くが、綺麗に塗れているのだろうか?
塗り方が難しいことを知っている私だからこそ気になる。

 

左官が2回目の壁土を塗る。
今度は、目の細かいサラサラとした土を水でこねる。
これが仕上げ前の下地で中塗り土と言う。
息を殺し、鏝先を見つめ波の無い下地を作る。

 

外部の仕事に出た大工は焼き杉の板を張る。
真っ黒な焼き杉の板は一見地味で暗い感じを与えるが、まわりを漆喰の白壁を塗ることでとても明るい色に変身する。

 

内部の中塗りも乾いたところで珪藻土を塗り、仕上をする。
仕上の材料は薄く塗るため鏝波も出やすい。
左官の腕も様々だが、熟練の左官に塗らすのが望ましい。
           

          

 

再生工事も終わりに近づいたところで、あることを頼まれる。
このシートの下にあるものは、再生中に当家のご主人が頑張って作ったもの。
それで終るのかと思えば、その周りに基礎を作ってくれとのこと。

 

約一間角の型枠を組み鉄筋を敷いた後コンクリートを打った。
コンクリートの上には丸い石を4箇所設置する。
シートの下が少し見えるが、まだこれでは解らないはず・・・。
(この時ご主人は我々に基礎を頼み、夫婦で旅行に行かれた。)

 

この家のご主人が山から切って出された丸太を柱に加工する。
柱はこの前作った丸い石の上にしっかりと固定した後、桁と梁を掛け屋根を作る。
少し勾配のきついとんがり屋根の下地が出来た。

 

屋根地が出来ると瓦を葺く。母屋の瓦とはまったく違い、どちらかと言えば洋風の瓦。
私は、ミスマッチかと最初は思ったが、これが意外とテントの下にあるものと吊り合いがとれている。

 

屋根が完成すると庭の造園工事を兼ね、玄関から屋根までのアプローチを作る。
石職人が自然石を一つ一つ丁寧に並べる。
ただ石を置くだけのように見えるが、これも石職人としてのセンスがないと美しくない。
後は、石の間に目地を入れ完成する。

 

そうしているうちに本工事も終った。
玄関からホールを見る。
廊下の天井と壁が無くなり梁が現しにした。
2階の床も取り除き屋根裏まで全て見渡せる。

 

ホールに立ち吹抜けを見上げる。
壁に大きな丸窓を作った。
丸窓のその向うには以前玄関の壁に嵌っていた障子を取付けた。
そしてあの重圧感のある階段が全てをまとめた。

 

ホールから玄関を見る。
もはや昔の面影はまったく無くなった。
その代わりとして、何十年も姿を隠していた古い梁と新しく補強した柱と梁が綺麗に融合した。
古色の古い梁は、高いところから吊り下げられた照明と共に茶色く光り続ける。

 

縁側に丸窓を新しく付けた。
思うに、丸窓は周りの景色を中和させ柔らかく見せる力があると思う。
古いタンスの上に花瓶。どうだろう?もしここに丸窓がなかったら?

 

ホールほど高くはないが、ここもまた古い梁と新しく補強した梁が融合して出来た寝室。
窓もたくさん取付、明るく風通しの良い寝室にした。
正面にある鏡台は、この家にあった鏡に合わせて作ったもの。
真ん中にある小さなカウンターは、左右のベットのサイドテーブル代わりになる。

 

応接間部分をキッチンに、広縁と和室8帖の部分をリビングにした。
以前は広縁があり庭も見えなかったが、間仕切りを全てなくし綺麗な庭も見える明る開放感のある憩いの場所にした。         
キッチンもアイランドキッチンにして居間全体を見渡せ会話にも参加できる。
黙っていることができない奥様にはこれが一番かと思われる。

 

ホールから見た丸窓をリビングから見ていただく。
これが以前玄関の丸窓に使われていた障子。
そして和室入口の上にも古いランマを再利用した。
昔の思いを残す建具だからこそ、まったく不自然さは感じない。

 

外部も見ていただきたい。
大きな屋根に漆喰の壁と黒い焼き杉の板で、どっしりとした外観を作った。
やはり古民家はこのスタイルが映る。

 

玄関脇には赤いロープに繋がれた小さな番犬の姿があった。
よく見るとこれは犬の置き物?番犬になるのか? 
庭へと通じるアプローチも完成した。
その向うに少しだけ丸い柱と、とんがり屋根が見える。
それではいよいよあのブルーシートの下にあったものをお見せしょう。

 

まだお見せできません。
アプローチを抜けると植木の周りには石を山状に敷き詰めた庭。
この家にあった石臼を置き、水を溜めた中にはめだかの姿が・・・

 

リビングとキッチンの外には階段の付いたデッキを作った。
暖かい日は、夫婦でデッキに座り庭を眺めながら会話が弾む。
おそらくご主人は聞き役でしょうが・・・

 

とんがり屋根の下に作られたものをお見せしょう。
再生工事の間にご主人がコツコツ作られたピザ窯。
自分で材料を仕入れ作られました。
私は、おそらく完成と言う日は来ないと思っていましたが、見事に完成。
美味しいピザもご馳走になりました。
皆さんもいかがですか?

 

「ここにもう一つの建物が出来るとは想いもしていなかった。」と物語の
冒頭でも話したが、それがこのピザ窯と、とんがり屋根のことだった。
因みに業者職人の間では、この家をピザハウスと呼んでいる。

 

幾度となくこの家の主と構想を交え完成したのがこの民家。
途中もう一人の主も参加され、普通のキッチンがアイランドキッチンに・・・驚き慌てました。
以前の家に比べ、住みやすくまとまりが取れた明るい家に出来上がったと思います。
では帰ります。またピザご馳走して下さい。