広島古民家再生物語

其の十二 上竹田の民家

上竹田の家 始めましてみなさん。 私の名前は、「サチ」と言います。 私の住んでいる家は、とても古く築約130年経った茅葺屋根の古い民家です。 この家は、今再生され甦ろうとしています。 これからみなさんと、私の家が再生されるのを一緒に見て行きたいと思います。
上竹田の家 これが私のお世話になっているお家です。 屋根は、波トタンが張られた茅葺屋根と土が敷かれた瓦葺き壁は、土壁に漆喰塗りと古民家独特のとても古いお家です。 これから再生が始まると言っても建替えの話も出たり、ご家族みなさんの意見がまとまり再生工事に漕ぎ着けるのは、かなりの年数がかかったらしいです。
上竹田の家 そしてもう一つ、写真左の高さ約6Mもある木、何だと思いますか? これは、高野槇(コウヤマキ)です。かなり古いものだと思います。この家のお祖父さんが若い頃は、もうこんなに大きかったらしいですから・・・ でもこの木は、家と寄り添うように育っており、家にとってはとても悪く、こっそりと切る話を聞いてしまいました。その後この木は、凄いところに現れるんです。
上竹田の家 慌しく引越しも終わり、いよいよ解体が始まったみたいです。 幾度となく改築された後もあり、その当時の流行の改築が見えてきます。 次々と合板が剥がされ建具もはずされ家の裏まで見える状態になっています。
上竹田の家 解体が始まり数日が経ちました。 昔の黒く煤けた土壁も落とされ黒い柱に黒い梁が次々と現れて行きます。 家の中は、凄い土埃で外につながれている犬の私には辛いものがあります。
上竹田の家 解体もやっと終わり土埃もなくなりホットしました。 見れば天井も壁もそして床も全てなくなり、丸い石の上にポツンと載った柱が頼りなく見えます。 これからこの家、どのようになるか?犬の私でも気になるところです。
上竹田の家 ほっとしたのも束の間、何やらたくさんの鉄骨がガチャガチャと私の前を通り、運び込まれます。 見ていると古い柱を全て鉄骨で挟み、枕木が敷かれ大きなジャッキで鉄骨を支えているように見えました。
上竹田の家 私は、怖くなり犬小屋に隠れた瞬間、人間の掛け声とともにメキメキと音をたてながら家が浮き上がり始めたのです。 2日も経つと完全に家は宙に浮き上がり、たくさんの枕木の上で停止しました。 いったい人間達は、何をしょうとしているのでしょうか?
上竹田の家 すると人間達は持ち上げられた家の下に入り土を漉き取り整地を始めた。 整地が終わると、何やら透明な物を敷いている。 人間達の話を聞いていると、どうやらこれは湿気を止める防湿シートと言うものらしい。 防湿シートが隙間なく敷き詰められると、鉄筋と言う物を網のように組み始めた。
上竹田の家 鉄筋が組み終わった翌日、大きな車がたくさん家にやって来ました。 一台はポンプ車で、後から来る車はコンクリートを運んで来たようです。 コンクリートは、長くて太いホースをつたいドロドロと流し込まれ、それを人間達は慌しく均していき、コンクリートを打ち終えたのでした。
上竹田の家 私は、数日間静かな時を過ごしました。 先日流されたコンクリートも白く乾き、またたくさんの人がやって来たのです。 今度は、ジャッキを利かせ枕木が一つ一つ抜かれ、高く持ち上げられていた家が少しずつ下げられました。
上竹田の家 私の目の前で、狂っていた家の傾きと水平が直され、基礎の上に無事降ろされると特殊な金物で補強されて行ったのです。 家の周りで次の仕事の打ち合わせが始まりました。いったい今度は、何をしょうとしているのでしょう?
上竹田の家 朝目を覚まし犬小屋から出てビックリしました。 何と、今まであった屋根の古い波トタンが剥がされ、昔雨風を凌いでいた藁葺屋根が出ているではありませんか!?
上竹田の家 古い波トタンとそれを支えていた木が全て取り除かれました。 そして新しい木材が運び込まれると、昔の荒れた藁葺屋根を静めるかのように新しい木材で格子状に包み込まれ、その上にたくさんの四角いものが並べられて行きます。 あの古い波トタンに変わり何かが葺かれようとしています。
上竹田の家 数日後、屋根は完成しました。 下屋の部分は石州瓦が葺かれ、古い波トタンの大きな屋根は、ガルバリウム鋼板が葺かれ新たに藁葺屋根が包み込まれたのです。 私は、以前よりもこの家の力強さを感じたのでした。
上竹田の家 屋根が葺き替えられている間も、家の中では大工さんが新たな間取りを作るため、柱を立て抜き板を入れる作業が続いていました。 大工さんもただ新しい柱を入れるのではなく、この家をどのように補強し、どのようにして今以上にしっかりとした強い家になるかを考えながらの作業だと思った。
上竹田の家 大工さんが新しい柱に抜き板を入れると、左官さんが後を追うように小舞を組み始めました。 手にはしゅろ縄を持ち、竪横に重ねた竹そして抜き板を物凄い速さで締めて行きます。 今では、こうして小舞を組む職人さんも居なくなったそうです。
上竹田の家 小舞を組み終わったかと思うと外周りの壁は、あっと言う間に土壁が塗られました。 内部の古い梁も新しい柱で補強され、小舞が組まれようとしていました。 この壁が土壁で仕切られ白く乾くと、いよいよ本格的な造作が始まるのだと人間達は話していました。
上竹田の家 数日後、誰も居ないのでこっそり玄関先から中を見ると先日塗られた土壁は白く乾き、いよいよ本格的に造作が始まったようです。 見上げると黒く丸い梁の間には、すでに白い杉板が張られていました。 百数十年もの年月をかけ黒くなった梁はまるでこの日のために黒くなり待ち続けていたようにも見えました。
上竹田の家 そして窓の左右には柱が立てられ、柱の間に何やら半円状の板が取付られていました。 それがいったい何に使われるのか犬の私には解らず、大工さんも黙り込みただ仕事をしているだけでした。 これは完成まで楽しみに待つことにしました。
上竹田の家 今、私のご主人様と散歩から帰ってまいりました。久々に外観を皆様にお見せします。 以前お見せした時よりかなり工事も進み、再生前の面影もなくなったように見えませんか? でもまだまだ完成の姿は見えません。
上竹田の家 突然ですが、造作の進む中、数箇所古い壁が残っていました。 見てみるとその中に何やら書かれている壁が一箇所、見ると子供が書いたと思われる落書きでした。 この落書きは、きっと私を可愛がってくれるご主人様たちが子供の頃書いたものだと思いました。 この落書きは剥がされるとのこと、仕方なくこの落書きは思い出として、この物語に残しておくことにしました。
上竹田の家 この落書きは人物でしょうか?子供の頃は良いも悪いも解らず、意味がさほどあるわけでも無く落書きするものです。 現代では落書きすると凄く怒られていますが、昔は少しの落書きくらいは許された時代ではなかったでしょうか?
上竹田の家 工事もかなり進み大工さんの仕事も後少しとなったようです。 現代の家造りは、現場に送られて来た新建材を大工さんが汗だくで走り回って取り付ける姿しか見れず、このように何も言わず昔ながらの大工道具を持ち、最後まで真剣にコツコツとこなす姿も古い家の再生ならではの光景だと思います。
上竹田の家 もともと良く日の射す左側は押入、右側はバランスが悪く地味な床の間、そして仏壇は奥の暗い納戸に置かれていましたが、それを最後の木工事で見事に変えられようとしています。
上竹田の家 和室に残された天井の竿に杉板が張替られ、押入だった部分の柱を綺麗に埋木がされ床框と床板を新たに入れ床の間になり、床の間だった部分は床の補強をして仏間に変えられました。これで全ての木工事が滞りなく完了し、いよいよ色々な仕上げが始まろうとしています。
上竹田の家 高い天井に張られた赤白の杉板に刷毛でムラ無く柿渋が塗られます。日が経つにつれ色は段々濃いく深みのある古色となり、古民家にふさわしい色に変化して行きます。
上竹田の家 随分前に塗られた荒壁もすでに白く乾いていました。左官さんは、その上に中塗り土を塗り始めました。 この中塗で上塗りの仕上がりも決まるため、素早くそして丁寧に鏝波の無い下地を作っていました。
上竹田の家 外観を眺めると、足場が建てられ軒裏の古い垂木と軒板など全てがベンガラ色に変わっています。 古くなり白けた古材の面影は、まったく無くなりつい最近建てられた民家の様に私には見えてきました。
上竹田の家 そしてこの家の玄関を引き締めるかのように大きな黒いタイルが一枚一枚敷き詰められています。 タイルを張るまでの工事を見ていると少し玄関としての物足りなさを感じていましたが、これでやっと玄関の風格を現したのではないでしょうか。
上竹田の家 中塗りされた壁も乾き、いよいよ仕上の壁が塗られ始めました。 鏝板に乗せられた珪藻土を素早く鏝ですくい、平らに塗られた中塗りの壁に従うように鏝は進みます。 後は、長年鍛えられた職人の目と腕に任せ壁が仕上げられる。そしてついに上塗りが完了したのでした。
上竹田の家 壁が仕上がり、設備器具も取付られて、一ヶ所一ヶ所寸法を測って帰り、建具職人が作った別注の建具も切りはめされました。 その建具全てに柿渋が塗られ古色へと変わり、長かった再生工事は終わったようです。
上竹田の家 これより先は、みなさんと再生完了の全貌を見たいと思います。 先ずは玄関兼ホール、床には杉のフローリング、黒い柱が天井へと伸びる、それを支える黒い梁達がこの家に来る人たちを真っ先に歓迎してくれることでしょう。
上竹田の家 ホールの壁を見渡すと、 窓の左右に柱が立ち、柱の間に半円の板、そして板の下には小さな赤いモザイクタイルが貼られ、古民家の渋いイメージとは違いかなりモダンな飾り棚になっていました。
上竹田の家 そして小さい板が壁に2枚付いています。 これは、解体の際壁の中あった小舞を支える抜き板でした。 この家を建てた先人達の書いた墨さしの文字に、抜き板を接いだ仕口の一部が壁に埋め込まれ、壁の中に隠れていたものが先人達と共に現れこの家を守ってくれるのです。
上竹田の家 玄関ホールから台所を見ています。 犬の私が言うのも何ですが、以前の台所は寒いし狭いし暗いし天井は低いし、奥様は何年も頑張って来られました。 で!今度は、暖かくて広くて明るくて天井は高くなってキッチンも新しくなりました。 そして垂壁に取付られた板は、何だと思いますか?これは、KT-003で話した高野槇(コウヤマキ)です。 あの邪魔だと言って切り捨てられたと思った高野槇がこんなところに板となって甦っていました。 この後もう一箇所にも登場します。
上竹田の家 玄関ホール横の居間を見上げています。 以前の和室は、頭に当たるような低い梁に床板が張られ、長年誰も入ることのない暗い中2階の物置となっていましたが、中2階を無くし圧迫感を取り、家族が集まることのなかった和室は高い天井の明るい居間になりました。 この居間を見ているだけで家族の楽しい声が聞こえて来るようです。
上竹田の家 経年のホコリと汚れで黒くなりくすんだ和室も明るくなりました。 再生前は、向かって左が押入で右が床の間、そして仏壇は暗い納戸に置かれていましたが、再生後左が床の間に、右が仏間になり、床柱も綺麗に埋木がされ昔のままの姿で甦っています。
上竹田の家 トイレ横に作られた手洗い場を見ると、地松のカウンターに常滑焼きの手洗器がありました。 そこには、壁に取付けられた丸窓から差し込む光が円を描き、カウンター照らしていました。 私の目には、まるで商品カウンターに飾られた器を照らすスポットのように映りました。
上竹田の家 以前は、暗くて狭い納戸が二つでしたが、梁で補強をして二部屋を一つに仕上げ老人室になっています。 おやっ!?キッチンに取付られていた高野槇の板がこんなところにも取付られていました。 この板は、小さい頃からのお爺さんの思い出と共に、この部屋でお爺さんと暮らしていくのです。
上竹田の家 如何でしたでしょうか?みなさん! 私と一緒に築約130年の民家が甦って行くのを見て参りました。 私は今甦った民家の前で暮らしながら、私のご主人様たちが新しい暮らしをしている姿を毎日嬉しく見ています。 あっ!私のご主人様が呼んでいます。楽しい散歩の時間なので行ってきます。 最後に再生前と再生後の甦った外観をご覧になってお帰り下さい。 ご案内したのは、この家の静かな番犬「サチ」でした。
再生前
再生後
上竹田の家

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