広島古民家再生物語

其の十六 吉田の家

吉田の家 新しい家が建ち並ぶ町だが、こんなところに古い民家などあるのだろうか?古くからある道に一歩踏み込む、そこにはまるでタイムスリップしたかのように古い家々があった。
吉田の家 私が伺うのは、おそらくこの民家であろう。 近づいて見るとやはり年月を重ねた家だと言うことが解る。 家の中から声がした。 私は昭和の初めを頑張って生き抜いて来られたお嬢さんに出迎えてもらう。
吉田の家 お邪魔してお嬢さんに最初案内されたところは、明り取りの屋根、コンクリートの広い土間があった。 どうやらここは、縁側に囲まれた昔の中庭だったと思われる。 現代の家では作ることも出来ない贅沢なスペースである。
吉田の家 次に案内されたのは長年使い込んで来たと思われる少し薄暗い台所だった。昭和のお嬢さんはパン作りや料理が得意だと聞いた。そのお嬢さんがこれから先もっと楽しく料理を作れる台所に再生したい。
吉田の家 2階に上がる階段室で驚いた。 見上げると天井も高く、広々とした回り階段、手摺を見ているとまるで歴史のある古い温泉旅館を感じさせる階段室だ。 温泉旅館ともなると当然女将はここの昭和のお嬢さん ・ ・ ・ ?
吉田の家 2階は和室が2部屋あった。 窓から外を見ると一面緑の景色が目に入る。 普通に畳が敷かれ襖の入った和室には勿体無い景色である。 聞くと、この和室が昭和のお嬢さんの寝室らしい、私はこの景色にもっとあった部屋が作れると確信した。
吉田の家 おっ!これは懐かしい。 確か擦って貼りつけるシールだったと思います。 しかも、ポパイに出てくるオリーブですね?きっと昭和のお嬢さんの子供が親の居ない時柱に貼ったのでしょう? 私も何も考えず柱に擦り付けた記憶があります。
吉田の家 再生開始、解体が始まりました。 お嬢さんが嫁いで来てから、たくさんの思い出が詰まった部屋が容赦なく壊されて行きました。 そう言えば、姑さんの話もしてましたっけ?
吉田の家 数日後解体は終わりました。 黒い柱に黒い壁、剥ぎ取られた天井の中からは真っ黒い屋根裏が現れてきました。 きっと昔は、タタキの土間にクドがあったのだと思います。
吉田の家 解体後の補強が終わり基礎工事始まる。 いたるところの柱が中吊りになっている。当然のことながら防湿シートが敷かれ、その上には餅網のように鉄筋が縦横に組まれている。
吉田の家 いよいよ生コンの打設が始まった生コン車は吉田の家に来ないため、ポンプ車を使うことに決まった。 しかし、広い空き地もないため仕方なく昭和のお嬢さんに頼んでもらい近所の庭先を借りることにした。 ポンプ車のセットが終わり、太くて長いホースから生コンが鉄筋の上に押し出されて行く。
吉田の家 基礎が完成した。みんな汗だくになり材木を運び込んだ。 いよいよこれから木工事が始まろうとしたその時、昭和のお嬢さんの声がした「みなさん休憩して下さい」と・・・ せっかくでもあるからお茶を頂いてから取り掛かることにした。
吉田の家 お茶もご馳走になり、「いよいよわしらの腕の見せどころじゃ」とは、言わないが大工さんは動き出す。 補強の梁を入れ、悪い柱は取り除き新しい柱を入れ替える。 柱の間に入った板は抜き板と言う。 小舞を組むのに必要な板である。
吉田の家 外観を見ると地松の梁に檜の柱で増築部分も形になる。 残念ながら瓦屋さんは足元だけの登場。屋根は石州瓦の燻しを葺く。 地味な中に落ち着いた輝きのある瓦だ。
吉田の家 左官さんが現場に来る。 細く割った竹を縦横交互に組み棕櫚縄で小舞を組む。 やはり小舞竹を抜き板に縛り付け、壁を固定させる。 因みにこの部屋は、本の好きな昭和のお嬢さんが読書をする部屋になるとか・・・?本と言っても漫画の本でないと言うことを言っておこう。
吉田の家 荒壁を塗り終えると大工が造作に取り掛かる。 床は断熱材の上にニ重張り、松の板で仕上る。 今まで隠されていた黒く煤けた梁を現しにして天井を張る。 杉板は丸く曲がった梁に沿って削り合せ隙間一つ無く張って行く。
吉田の家 昭和のお嬢さんの声が聞こえた。時計を見ると休憩タイムだ。お茶を呼ばれていると柱の落書きに目が行く。読むと「1979 1/2 気づいた・・・9年目にして・・・」とあった。お茶を飲みながら、みんなで解読をする。「昭和54年、33年前の1月2日の正月に書かれている。9年目にして何かに気が付いたのであろう。」きっと昭和のお嬢さんの子供が書いたに違いない。一人の大工が言った「しかし、9年もしないと解らないことがあったのか?」と・・・
吉田の家 その一人の大工が「ハッピーターン」を口にして仕事を始めた。見ると温泉旅館のような階段は無くなり、何やら床の下でゴソゴソしている。 まさか?休憩が終わったばかりで「かくれんぼ」でもあるまい。ここは仕上るまでの楽しみとしておこう。
吉田の家 木工事も大詰めを向かえ、最終的に捨床板の上に15ミリ程度の松の床板を張る。 色の薄いところと濃いところがランダムになり、まさに自然素材が作り出した模様とも言える。 上から見てもランダムになり薄さがはっきりと解る、この大工の頭も・・・
吉田の家 木工事が終わると、白く乾いた荒壁の上に左官がもう一度土を塗る。荒壁の荒い土に比べ、中塗り土は非常に目が細かく、鏝で押え下地を作る。 この左官、私に言われる前に毛糸の帽子を被って来た。
吉田の家 中塗り土が白く乾く間に、弁柄粉が入った塗料で木部を塗る。 従来の塗料のように塗膜を作り、木に呼吸をさせなくするのに対し、この塗料は湿度に応じて湿気を吸収、放出してくれる優れものであり、古い家に合った古色も出してくれる。
柱を塗っている時、またまた落書き発見! カーテンのふさ掛けを自分のタオル掛けと決めたのか? これは、「よし子のたおるかけ」と書いてある。 きっとこれも昭和のお嬢さんによし子と言う娘さんが居て、その子の仕業であろう。 子供と言う者、何でもありが許される。きっと皆さんも記憶にあるはずだ。
吉田の家 と言っている間にも壁の上塗りが始まっていた。 勿論仕上には珪藻土を塗る。 塗り始めは鏝波がくっきりと出ているが、それを薄く薄く塗り延ばし、1㎜2㎜の世界で仕上て行く。 悔しいかな、それが素人には出来ない技とも言える。
吉田の家 いよいよ再生工事も大詰めになった。外壁の仕上げは漆喰が塗られ、2階で作業をしているのは、壁にタイルを張っている職人だ。 これが仕上がると工事は全て完成となる。
吉田の家 昭和のお嬢さんの書斎が完成した。クローゼットにはお嬢さんの服が収納され、作り付けの本棚にはたくさんの書物が入れられる。以前は暗かった部屋も明るくなり、壁と柱を取除き補強をしたことで、古い梁と新しい梁が融合した書斎となった。
吉田の家 そしてこの部屋は、読書室にするそうだ。地袋の中は、空だがそのうち本で一杯になり、実家を離れた娘達が帰ると、ここに集まり本を読む。昭和のお嬢さんも混じわりみんなで読書をしている光景は目に浮かばず、本を手にワイワイガヤガヤと話に花が咲いている光景が浮かぶ。
吉田の家 昭和のお嬢さん念願の台所だ。この台所は以前煤けて暗かったが天窓を取り付け明るくなった。暖かい色のシステムキッチンに、お嬢さ希望の地松の食器収納も作った。 ここで自慢のパンを作り、畑の野菜で得意な美味しい料理が作られる。それよりも、ここの娘さんが帰った時に作る手作りのポン酢が誠に美味しい。もう無くなったのでまた下さい。待ってます。(物語私物化)
吉田の家 どうですこの階段室?再生前は「温泉旅館の階段だ」とか、「大工さんが床の下でゴソゴソ」だとか言ってましたが、あの大工さんはこの階段を作っていたのです。大工さん手作りの手摺も以前よりドッシリと重みのある見事な階段手摺を作ってくれました。
吉田の家 2階の昭和のお嬢さんの寝室。「この部屋は外の景色にあった部屋が作れる」と言っていましたが、再生に夢中になり景色のことは忘れてこの部屋のことしか考えていませんでした。出来たのがこの部屋、「何と言うことでしょう~」見上げると天井も無くなり屋根勾配の吹き抜けと大きな丸い梁でかなり高さを感じさる部屋へと大変身したのです。
吉田の家 1階の和室8帖間である。この辺りでは、昔の人は「おうで」とか「おで」または「おでいの間」とか言うが、私には意味は解らない。いわゆる床の間や書院がある和室の客間である。この家は、まだ近所の人達が集まったり、親戚が集まっての昔ながらの行事があるため出来るだけ客間らしく原形を残す和室とした。昭和のお嬢さんもここで結婚式をしたのでしょう。あの頃は何もしゃべらず下を向いたままで・・・
吉田の家 工事も終り帰ろうと玄関に立つ。振り向くとそこには来客を招くかのように作られた、たった3帖の和室。私は何故か?今招かれて来たかのように錯覚を受けた。別に大きな和室でもないのに引き込まれる感覚は何なのであろうか?これも和風の魅力かも知れない。
吉田の家 玄関の柱は新しく敷かれた長石の上に建ち。古くなり壊れかけていた玄関の建具には暇をやり、今回新しく取り替えた。薄暗かった玄関の中も千本格子のランマを取り付けて明るくなった。やはり玄関が新しくなるのは、気持ちの良いものである。
吉田の家 初めて訪ねて来た時も語ったが、一歩踏み込むとタイムスリップをしたような古い家々の景色であった。だがしかし、一歩踏み出せば新しい家々立ち並ぶ現実へと後戻りをする。本当にここは不思議なところであった。
吉田の家 吉田の家は綺麗に甦らせることが出来たが、この周りの古い民家が一軒でも多く残されることを願う。 私は、「また来ます」と昭和のお嬢さんに声をかると、少し高い声で「は~い、娘の作ったポン酢をあげますからまた来て下さいね~」と、塀の向こうで声がした。 現実に戻る前にもう一度この家を眺める。

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