広島古民家再生物語

其の十三 平迫の家

平迫の家 築130年ほどの民家の再生が始まる。 停年と言う年齢を期に遠く離れた土地からご主人の生まれ育ったこの平迫の家へとご夫婦で帰られることとなった。
平迫の家 数年前からこの家は空き家となり、今ではご夫婦が時々風を通しに帰られる程度となっていた。 話は逸れるが、このご夫婦良く働くご夫婦で、たまに帰られると田畑を耕し植え物し、山に入り枝を切り、一仕事が終わると休む間もなく仕事先の地へと帰られて行く。 いったい平迫の家に帰られたらどれだけ働かれるのであろうか?
平迫の家 内部を拝見すると、随分昔に改装された様子が窺える。 目で見た感じは異常ないようだが果して内張りを剥すとどのようになっているだろうか?
平迫の家 片付けも終わり、この家のご夫婦は、遠く離れた現在生活している地へと帰られた。 そして、我々は解体工事へと取り掛かった。 建具は全て撤去し古い天井と壁を土ぼこりを上げながら取り除いた。 床を剥すと130年もの間明るい光を浴びることのなかった床下の土も大きな息をするかのように表れた。
平迫の家 梁と柱を残し天井・壁・床全てを撤去し解体が完了した。 風通しも良くなり、家の表から裏庭の景色が見渡せる。 天井裏だった梁と床下部分の柱を見るとかなりのダメージがある。 計画を立て直し木工事に入り補強することにした。
平迫の家 解体が終わると何十本と言う長い鉄骨とたくさんの大きなジャッキを現場内に持ち込む。 壁を取り除かれ表しとなった柱を全て鉄骨で挟み動かないように固定して行く。
平迫の家 柱を固定した鉄骨の下に大きなジャッキを入れ、家を持ち上げる。 平迫の家は、ギシギシと音を響かせ少しずつ浮き上がった。 ジャッキを少し上げては枕木を積み重ね、1M近く持ち上げたところで作業を終了した。
平迫の家 ジャッキアップされた平迫の下に入り基礎を作る。 130年もジメジメとした土だった上に砕石を敷き防湿のシートを張り、その上に大きな餅網のようにタテヨコ交互に鉄筋を組んだ。
平迫の家 遠く離れた門の外には、ポンプ車が設置され、生コン車が到着した。 ポンプ車にドロドロとコンクリートを流し込み、大きなパイプを通り鉄筋の上にコンクリートを打設し始めようとしている。 パイプの先からは、勢い良く音をたてコンクリートが吹き出て来た。 沢山の人で平らに均し数時間後にコンクリートを打ち終えた。
平迫の家 手前に白く見えるのは、そうです雪です。 年の明けた寒い一月基礎が完成しました。 持ち上げられたままの平迫の家、私には早く新しい基礎の上に降ろして欲しいと訴えているかのようにも見えた。
平迫の家 養生期間を取り、いよいよ平迫の家を降ろす。 少し上げては一つ一つ枕木を外して行った。 当然家は、ギシギシと音をたてる。 持ち上げるほどの難しさもなく家を下げ、前後左右に動かし、定位置で着地した。
平迫の家 永年の傾きを直しながら木工事に取掛かる。 先人達の造った家は、古民家特有の田の字型の間取りで壁も柱も少なかったが、新しい間取りの墨に合わせ檜の柱を次々と建て特殊な金物で補強した。
平迫の家 先にも話したが、解体後床下になっていた柱の根元を見ると、虫が食べたり湿気で腐った柱が数本あった。 根元の悪い柱は全て熟練職人の手によって細工をし根接ぎを施した。 これでビクともしない一本の柱に甦った。
平迫の家 柱を立て抜き板が入ると、左官職人の手により小舞を組み始めた。 最近では新建材を使い家を建てるため、左官仕事と言えば基礎のモルタルを塗るだけの存在となり、小舞の組み方も知らない職人がほんどとなった今、小舞を組む職人は貴重な存在となった。
平迫の家 屋根の下で工事が進む中、屋根の葺き替え工事に取り掛かった。 屋根は瓦と波トタンの二種類で葺かれていた。 先ず取り掛かったのは波トタンの葺き替えからである。 永年藁葺屋根を保護していた波トタンは赤く錆び、穴が開く寸前であったが、その波トタンを全て剥した。
平迫の家 波トタンを全て剥すと、随分昔に葺かれた藁葺屋根が姿を現した。 波トタンの中で何かがあったかのように表面の麦藁はかなり荒れていた。 長い杭を厚みのある藁葺屋根に打ち込み新しい下地を作る。
平迫の家 屋根の葺替をする下では、小舞を組んだ上に土を塗り始めた。 日本の風土に一番ふさわしい壁材と言われ、完成してからも土壁の家は、常に呼吸をしているのが私には解る。 そして日本人が長生き出来るのは土壁の家に住むのが一番である。
平迫の家 土壁を塗っている間も屋根工事は進む。 今回は、上から下までの一枚の特殊な鋼板を加工して張る。 昔の藁葺屋根が断熱効果を発揮してくれるため、新建材の断熱材を使う必要が無い。 後数枚で鋼板を張り終える。
平迫の家 鋼板の仕舞いをする前に下屋根の瓦を葺き替える。 以前瓦は一度葺き替えているようであったが、古い瓦は全て取り除き石州瓦を葺いて行く。
平迫の家 瓦を葺き終え、鋼板の仕舞いも全て終わり、屋根工事が完了した。 継ぎ目の無い大きな屋根と鋼板の色が、石州瓦のイブシ色と一体化し深みのあるスッキリとした屋根へと甦った。
平迫の家 いよいよ本格的に内部の造作を始める。 地松の玄関框と式台を取り付け、根太を打ち床を張る準備も出来た。
平迫の家 根太を組んだ上に厚さ30ミリもある杉の床材を張る。 杉の床材は、無数の孔のある繊維組織に空気が詰まり、重なった空気層で冬は素足でも暖かく、夏は断熱性があるため涼しく感じ、湿度の調整に優れた床材として使っている。
平迫の家 床が仕上がると足場を組み、昔からある竹を敷いた土天井の下に下地を作り全ての部屋に杉の天井板を張る。 床板に杉の良さは解ったと思うが、なぜ天井まで杉板にするのか? それは、杉の心地好い香りがリラックスした状態を作り、睡眠を促進する効果があると言われているからである。
平迫の家 天井が終わった部屋から壁の中塗りをする。 小舞の上に塗った荒壁土に比べ、中塗り土はとても目細かい土を練り、後は長年身に付けた職人の腕一つで下地は決まる。 言うまでもないが、土壁は土を水で練った壁材であるためこれ以上の健康的な自然素材は無い。
平迫の家 中塗りは終り、土が乾くのを待つ間に、古くて黒い梁などに100%植物油で出来た天然塗料を塗り古材本来の艶を甦らせ、新しく入れた全ての新材には柿渋を塗り日に日に古色に近い色を出し、防虫効果を発揮させる。
平迫の家 中塗りの壁は乾き、職人は鏝を持ち珪藻土を塗って仕上る。 珪藻土とは、海や湖で珪藻の死骸が集まってできる土で、調湿性の他に空気清浄・脱臭・吸音などの効果がある壁材の優れものである。
平迫の家 内部の造作が終わり外壁の焼板を張る。 白く乾いた荒壁土の上に下地を組み割付をしながら真っ黒い杉板を一枚一枚張る。 壁材として耐久性があり、上品な仕上げと豪華さが増してくるのが解る。
平迫の家 焼板を張り終え、その上の土壁には真っ白い漆喰壁を塗る。 この漆喰も日本古来からの壁や天井などの仕上材である。 外壁に白い漆喰を塗ることで、どの角度から見ても家全体を引き締めてくれる。
平迫の家 庭先に機械が入り土を削り、以前この家に使われていた長石を家の前に並べる。 土を掘るのは機械であるが、やはり折れやすい長石ともなると全て手作業になる。
平迫の家 糸を張り、石を真っ直ぐに据付ける。そして玄関の前には、大きな踏み石を置いた。 この玄関先の踏み石もこの家に昔から置かれていたものを再利用する。 全ての石を据え終わると、石を包み込むようにコンクリートを流す。 玄関先の踏み石もコンクリートで固定されポーチと犬走りが完成する。
平迫の家 内部の造作も終わり、床の仕上に柿渋を塗る。 先にも説明したが、柿渋を塗ることにより防腐、防虫、防水、抗菌作用が 得られホルマリンなどの科学物質を無害化してくれ、塗った瞬間から柿渋色(古色)を楽しむ事ができる。 しかし、柿渋の塗り残しや塗り継ぎなど出来るため、塗りなれた職人が塗るのが一番かと思われる。
平迫の家 最後に玄関の建具を取付て工事が完了した。 建具は全て日本の杉材で作った。周りの湿度に変化は多少するが、やはり日本材が一番と思う。 工事も完成し、再生完了の全貌を見て回りたい。
平迫の家 玄関の戸を開け中に入る。もともと縁側であったが、それをあえて玄関の位置に持って行き、和室が玄関ホールへと変わった。 一歩踏み込み地松の式台に玄関框、そして光沢を付けた松の板が奥行きを感じさせ、高い吹き抜け風の天井が高さを感じさせる。 正面の壁には、大きな絵を飾り尋ねて来た人を歓迎してくれる。
平迫の家 ホールに上がり玄関を見る。 勾配の付いた屋根に杉板が張られ、縁側の厚鴨居も玄関上に残される。 玄関とホールを合せ約7.5帖はある、古民家ならではのとても贅沢な空間となった。
平迫の家 建てられた時は土間のたたき、その後応接間に改装され今回台所へと変わった。 この家の大黒柱は、台所に残され、奥から窓の付いた明るい家事スペース、その横にはシステムキッチンを据え 家事の流れを考えた広いスペースになった。
平迫の家 家事スペースから振り向くとリビングになっている。 ここは、以前玄関になっていたが玄関の面影もまったく無くし広いリビングに作り変えた。 高い天井に黒い梁、天井に溜まった空気が動くようにファンを付けた。 そして、大きな窓からは広い庭を眺められ、落ち着いた雰囲気を楽しめる。
平迫の家 冒頭でも話したが、この家のご夫婦再生中も遠く離れた地より、幾度となく帰られ農作業などに励まれていた。 そんな姿を毎回拝見し、到底真似の出来ないことと思い眺めていた。 着工前の打合せ後は、殆んど我々に任せてもらい再生工事は終わりを迎えた。 今一度再生前の外観を見て頂き、完成の姿と比べて終わりにしたい。
平迫の家 屋根は全て葺き替え、縁側の建具も新しくなり、玄関は以前縁側だった位置に変え、木製の玄関戸を取り付けた。 当然玄関前のアプローチも変わり広々としたイメージを与え、それに続く建物はとても上品に甦ったと思う。 この上品さを残し何時までも生き続けて欲しい。

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